TOP >> ほーりー 江戸を斬る!>> 浅草編:風雷神門
ほーりー 江戸を斬る!
浅草寺の総門(正門)ともいうべきところ。942(天慶5)年、武蔵の国司となった平公雅(たいらのきみまさ)が荒廃していた浅草寺の再建に着手し、最初に総門を建てた場所は駒形堂付近だったというから、かなり長い参道があったんですね。その後、焼失を繰り返し、鎌倉時代に現在の場所に落ち着きました。風神・雷神様が門の左右に祀られるようになったのもこのころです。 さて「江戸名所図会」に描かれている雷門は1795(寛政7)年に再建されたもの。大提灯に"志ん橋"とあるのは、新橋の海産物商人たちが奉納したからです。つまり、職人達のマーキング。彼らは門をくぐるたびに「こいつァ、俺っちたちが奉納したんだぜっ!」と自慢したかもしれません。私だったらするな(笑)。 せっかく親しまれたこの雷門も、1865(慶応元)年に田原町からの火災で類焼。次に再建されるのはなんと約100年後、1960(昭和35)年に実業家・松下幸之助氏の寄進を待たねばなりません。この時に初めて、大提灯正面に"雷門"と書かれました。「浅草寺といえば雷門」というのは戦後に形成された、比較的新しいイメージなんですね。 しかし現在の雷門にも歴史を感じるものがしっかり残っているんですよ。それが風神・雷神様の頭部分。慶安年間(1648~52年)に作られたというかなりの年代物なんです。いくたびの火災、震災、戦災の歴史を見つめてきたその眼差しは特別な威厳に満ちています。次回お出かけの際には、じっくりご覧になってくださいね。
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