TOP >> ほーりー 江戸を斬る!>> 浅草編:築地塀
ほーりー 江戸を斬る!
真乳山(真土山、現在は待乳山)聖天宮は、御縁起が601年(推古天皇9年)にまでさかのぼるという浅草エリアきっての古刹。当時の大旱魃(かんばつ)を、御本尊である大聖歓喜天が救った時、この地が山となって盛り上がり、巨大な龍が現れこの山を取り巻いたといいます。ちなみに現在の正式名称は「金龍山本龍院」。親しまれている"真乳山"という名称は、御本尊や龍の伝説から、旱魃を救った慈雨を乳にたとえたことに由来するといいます。また、浅草寺の御由緒の時に登場した"土師真中知"を、"ハジノマッチ"とも読めることから、当時ここに彼の邸宅があって、彼の名前である"マッチ"という音に当て字したのではないかという説もあります。いずれにしろ、江戸時代には、吉原にも近く、山谷堀(さんやぼり)の芸者衆など花柳界の女性から厚い信仰を集めてきたということもあって、"真乳山"の看板に恥じない、かなり艶っぽい風情のある場所だったようです。 鳥居の右側に見える"築地塀"は幕末当時から残るもの。ちなみにこれは"ついじべい"と読みます。最初は"築泥塀(ツキヒジベイ)"といっていたそうですが、言いづらいのでツキヒジ→ツイジにしたそう。名前一つにも、いろいろ歴史があるんですね。
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