TOP >> ほーりー 江戸を斬る!>> 深川編:三十三間堂
ほーりー 江戸を斬る!
埋め立てによって生まれた新興の町である深川には、こぢんまりとまとまらない、豪快な深川っ子の気風を反映した名所が数多く生れていきました。その筆頭が三十三間堂。えっ!? こんなところに三十三間堂???
そうなんです。富岡八幡の東側には、京都は蓮華王院の三十三間堂を模して造られた巨大な弓術場がありました。元々は武家の射術稽古のために作られましたが、後に町方の支配となり、お堂の縁側の端から端に弓矢を射通し、何本的にあたるかを競う"通し矢"という競技が行われていました。
三十三間堂とは、堂内の柱の数が33本であることに由来しています。柱は二間おきに立っていたといいますから、射場から的場までは66間(約118.8メートル)あったということですね。現代弓道では遠的でも的までの距離は60メートルが基準ですから、なかなかのガチスポーツだったといえるでしょう。門前には岡場所が立ち並び、大人に人気の場所だったようです。岡場所は寛政の改革(天明7(1787)年~寛政5(1793)年)で撤去されましたが、三十三間堂はその後も深川を代表する名所としてにぎわいました。
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