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ほーりー 江戸を斬る!
富岡八幡宮の近くには木場があり、材木を扱う多くの商人・職人たちが住むようになります。すると、必然的に商談・会合の場所が必要になり、料亭が多く建ち並びました。そこで大活躍したのが辰巳(江戸市街の南東方の意)芸者たち。初めは座敷に花を添えるだけの存在でしたが、やがて彼女たち目当ての客もひっきりなしに訪れるようになり、深川の花町繁栄の中心的存在となっていきます。辰巳芸者のウリは意気ハリ。冬でも決して足袋を履かず、左手で褄をとる(こうすると着物の構造上、裾から手を入れられてセクハラされる危険が回避されます。つまり、「芸は売っても色は売らない」という意思表示なわけですね)といった男勝りでさっぱりとした様子が、しんねりむっつりとした吉原の花魁達とは対照的で、新鮮に映ったのでしょうね。
日が暮れてくると、張り巡らされた掘割のあちこちに舟遊びの船が浮かび、辰巳芸者の三味線と歌声が毎晩のように川面に響いていたといいます。
今では見る影もありませんが、深川は当時、ベニス顔負けの風情ある水上都市だったようです。
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