TOP >> ほーりー 江戸を斬る!>> 向島編:三囲稲荷社
ほーりー 江戸を斬る!
三囲稲荷は、元々は田んぼの中にポツンと祠があり、“田中稲荷”(←なんてそのまんま!)と呼ばれていました。それを、文和年間(1353~55年)に近江は三井寺の僧・源慶が荒れ果てた祠を再興したということ。ずいぶん古い御由緒があるんですね。以来、三井寺が“御井(みい。つまり井戸)”にちなむことから、三囲稲荷は雨乞いに御利益ありとして、人々から親しまれるようになります。ちょっと強引な御利益な気もしますが、当時の人々にとって降雨の有無は農作物の出来・不出来を左右する切実な問題。境内に残る摂社、末社、石碑の数からも、人気の程がうかがえます。
「江戸名所図会」の本文には元禄6(1693)年の夏に大かんばつがあり、村民が三囲稲荷で雨乞い祈願をしていたところに、宝井其角(俳人。松尾芭蕉の門人)が参詣に訪れ、
“夕立ちや田をみめぐりの神ならば”(ほんとうに田を見めぐり(三囲)の神がいらっしゃるというなら、夕立を降らせてくださいよ)
という句を呼んで神社に奉納したところ、翌日見事に膏雨があったという話が伝わっていると書いてありました。このことがあってから「やっぱり三囲には雨を降らせる神様がいるんだ!」とますます評判になったそうです。今だったら「単なる偶然」で片づけられちゃいそうなことですが、当時は「神様のおかげ」と純粋に受け入れられていたんですね。今よりずっと神様が身近だったというか。そういう感覚、なんだか羨ましい気がします。
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