TOP >> ほーりー 江戸を斬る!>> 日本橋編:鰯屋の店先
ほーりー 江戸を斬る!
本町は、徳川家康が城下の町人地作りの際にまず開発に着手した場所。町人地開発の「根となった」で、日本橋の中でも屈指の老舗が軒を連ねました。特に本町三丁目は薬種店、つまり漢方を扱う店が多かったようです。
描かれているのはこの界隈に4軒の系列店をだしていた当時の有名薬種店・鰯屋の店先。路上に面して屋根つきの立派な立看板がでていますね。これは簡単な作りの立看板とは区別され、官許が必要な格式ある看板の形でした。夜間や雨の日は看板に覆いをかけたそうです。“家伝秘法 調痢丸”(ちょうりがん)とありますが、これが鰯屋の文字通り看板商品。腹下し等、胃腸周りの疾患に効く妙薬として人気がありました。
店の中では僧侶らしき客の接客中のようです。草履を脱いで片足で胡坐をかいたような、なんだかお行儀の悪い格好になっていますが、実はこれ、江戸っ子男子に典型的な腰の掛け方。当時はどの店に行っても、テーブルがなかったので、ちょっと腰かけるという時は、片足を挙げて、座敷をテーブル代わりに用事を済ませました。
店先で目を引くのが三味線を抱えた女性二人組。彼女たちは女太夫という女性芸能者で、こうして門口に立って弾き語りをして物乞いをして歩いていました。美意識の高さがウリで胴にさらしを巻いて補正をしてから着付けをして、粋な姿を保っていたそうです。有線放送や、CDなどのBGMがない当時、彼女達は商店街の華やかさを演出するために欠かすことのできない存在だったでしょうね。
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